これは、俺、岡崎朋也と渚が付き合い初めてからまだそれほどたってはいない頃の話だ。
あの頃の俺は、もしかしたら少し浮かれていたのかもしれない。
幸せな日々がずっと続いていくと信じて疑わなかった。
だけど、変わらないものなどこの世にありはしない。
終わりが来ないものなんて、ありはしないんだ。
冥土の土産 〜the present of maid〜
「渚。」
廊下から自分の彼女に声をかけた。
俺の彼女、古河渚は、クラスメイトと2・3言葉を交わし、俺のところに走ってきた。
「お待たせしました。」
どちらともなく歩きだす。
2人で並んで廊下を歩いた。
俺はこの時間がたまらなく好きだ。
渚は俺のくだらない話でも真剣に聞いてくれるし、一緒に悩んでくれるし、素直に笑ってくれる。
俺自身を何の疑いもなく受け入れてくれる。
そんな彼女の隣にいれる時間がたまらなく大好きなのだ。
しかし、俺たちが校門を出ようというときに、この幸せを邪魔するバカが現れた。
「岡崎、待ってたぜ。」
「あ、すのは…」
バカの名前を呼ぼうとする渚の口を押さえ、目の前の男、春原陽平を無視して歩きだす。
「うわ、待ってくれよ岡崎!僕結構待ったんだよ!頼むから、土下座するから!」
「お前って心底へたれな。」
仕方なくとまってやる。
本当に土下座していた春原が顔を上げた。
その顔はなぜかいい笑顔だった。
「何の用だよ。」
「ちょっと頼みたいことがあってさ。できれば岡崎だけで僕の部屋にきてほしいんだけど。」
「へたれキモい。1回黙って、いや、むしろ死んでくれないか?」
「あんたいきなり毒舌全開っスねぇ!」
話は終わったと渚の手を引き歩き出す。
春原が俺たちの前に立ちはだかった。
「頼むよ岡崎!お前にしか頼めないんだよ!」
懇願してくる春原。
それで隣の渚が俺の手をひっぱってきた。
「朋也君。春原さんのお願いを聞いてあげてくれませんか?」
「なんだって!?なぁ渚。俺は渚と1秒だって離れたくないと思ってるんだ。渚はどうだ?」
渚は固まってしまった。顔は真っ赤だ。
「それは、その私だってそうなんですけど…。」
「だろう?ならまずは一刻も早く家に帰って2人の時間をだな…。」
「えっと…その…。」
渚を抱えて歩き出す。
はっきり言ってメチャクチャ恥ずかしい。
だけど、渚だって恥ずかしいに違いない。
これで反論できないはずだ。
「で、僕はいったいどうしたらいいんスか?」
「なに?春原まだいたのか?」
「そりゃまぁ。」
隣に立つ春原が手持ち無沙汰といった様子で話しかけてくる。
「今日の春原はしつこいな。いつもの春原なら俺たちの空気を察して潔く手を引いてくれるのに。」
「確かに、いつもの僕は紳士だけど…。」
「あ、スマン。今の嘘。」
「あんたねぇ!」
バカな掛け合いをやっている間にも、じわりじわりと春原との距離を離そうとする。
しかし春原には気付かれているようで、アイツもほぼ同じペースで近づいてくる。
不意に、春原が土下座する。
地面に頭を押しつけていた。
「頼む!この通り!」
その春原を見て渚が真剣な顔をする。
「朋也君、私からもお願いします。」
渚も膝を折りそうな勢いだったので、しぶしぶ承諾することにした。
渚と別れ、春原の住む寮に向かう。
渚との別れ際、春原が渚に何度も「来ちゃダメだよ!」と念を押していたのが気になるが。
しばらく無言で歩いていたら、何事もなく寮に着いた。
春原の部屋に入る。
「まぁ座ってよ。」
言われる前に俺はいつもの位置に陣取る。
春原がホットコーヒーを運んできた。
「で、頼みたいことの話なんだけどさ。」
春原が話を切り出した。
俺はコーヒーでも飲もうかとカップを口に運んでいたところだった。
しかし春原の視線が思いの外真剣なことに気が付いて、手を止める。
予想外だった。
春原がここまで真剣になるなんて、いったいなんの話なのだろうか。
少し、興味が湧いた。
「頼みたいことってなんだよ。」
春原は、あぁ、とだけ頷き、少し時間を取った。
この沈黙が俺に緊張をもたらした。
遂に、春原が口を開いた。
「岡崎、メイド服を着てくれないか?」
俺は無言で手にもったコーヒーを春原にかけた。
「あちっあちあちあちあっちぃぃぃぃ!!」
「うるせぇ。」
追い打ちをかけるようにカップの角で春原の頭を強打する。
春原は沈黙した。
俺は春原用のカップを手に取り、熱いコーヒーをすする。
乱雑に積み上げられた雑誌の山から1冊を抜き取って開いた。
わざわざバランスの危ういところから抜き取ったおかげで、雑誌の山は崩れ、春原が生き埋めになった。
長い静寂。
音といえば、俺がコーヒーをすする音と、雑誌のページをめくる音ぐらいだ。
「腹も減ってきたし、そろそろ帰るか。」
独り言を呟き、立ち上がった。
足を玄関に向けたとき、足を掴まれた。
「うぉぉぉ、ゾンビだぁぁぁぁ!助けてぇぇ!特にラグビー部の人ぉぉぉぉ!!」
「やめてくれぇぇぇぇ!」
春原がガバッと立ち上がる。
「春原!ゾンビになってまで生に執着してんのかよ!さっさと成仏しやがれ!」
「死んでないよ!」
うるせぇぞ!と隣の部屋から叫び声がした。
春原が、ひぃっ、という顔をする。
「まぁ、冗談はさておきだ。」
俺は話を戻した。
「しかし…お前にそんな趣味があったとはな。メイド服の男なんてよ。
まぁ安心しろ。俺はお前がどんな趣味をもっていようと切る縁なんてはじめからないから。」
「…僕の趣味じゃない。実家から送られてきたんだ。」
「どんな実家だよそりゃあ!」
春原がことの顛末を説明してきた。
なんでも、メイド服は春原の妹の芽衣ちゃんから送られてきたものらしい。
ついこの間芽衣ちゃんがこの町にきたとき、渚から影響をうけ、演劇に興味をもった。
そして、なんらかの方法でメイド服を、もちろん衣裳として入手した。
しかし、どこを間違えたのかサイズが合わなかった。
それで、春原に処分してほしいと頼んできた。
ということらしい。
「いやぁ、頼られる兄で困っちゃうよ〜。」
春原が見当違いなことをいう。
「ちょっと待て。今の説明だと、俺がメイド服を着る必要がねぇぞ。」
「まぁ落ち着けって。」
春原が一枚の封筒を手渡してくる。
とても可愛らしい封筒に、丁寧な文字で『岡崎さんへ』と書かれていた。
「芽衣ちゃんからか?」
春原が頷く。
封が切られているところを見ると、春原は既に読んだらしい。
プライバシー上問題あると思うのだが、あえて言わなかった。
封筒の中には、封筒と同じデザインの手紙が入っていた。
そして、そこに書かれた文字を読み始める。
『岡崎さんへ
お久しぶりです。芽衣です。
先日は、どうもお世話になりました。
あれから兄はどうでしょうか?
ちゃんと学校に行っていますか?
人様に迷惑をかけたりしていませんか?
それが少し心配です。
あ、私は全然元気なので心配いりませんよ。
そういえば、私は最近演劇をはじめました。
地元の小さな劇団で、楽しくやっています。
これを聞いたら、渚さんは喜んでくれるでしょうか?
きっと喜んでくれますよね。
もし機会があれば渚さんと一緒の舞台で演劇がしたいです。
それでその演劇に関係のある話なのですが、その衣裳の関係でどうしてもメイドさんの服が必要になりました。
確か前に秋生さんがもっている、と言ってました。
なので、送ってもらったんですが、サイズが合いません。
そういうわけなので、返しておいてもらえませんか?
直接送ろうと思ったんですが、住所がわからなかったので。
もしよければお願いします。
追伸
この服、明らかに男性用サイズなんですよね…。
あ、でも岡崎さんが着るなら見てみたいかも。』
手紙を読み終え、深呼吸をする。
んっ、と体を伸ばした。
肺にたまっていた空気を吐き出し、手紙をしまう。
そして何事もなかったように帰宅しようとした。
「ちょっと待ってよ岡崎!」
「あ?あぁ、メイド服をおっさんに返すんだったな。しっかしあのおっさんも何考えてんだか…。」
「いやいや!最後まで読んだんだろ?追伸まで読んだんだろ!?」
俺は何も答えない。
むしろ早く帰りたい。
「頼むよ岡崎!芽衣の希望をかなえてやってくれよ!」
「いや、あれ明らかに冗談だろ。」
「…岡崎は冷たい奴だな…。」
「なんとでも言えよ。つーかここで俺が着たところで意味ないだろ。」
「写真に撮って送る。」
「大却下だ!」
春原が俺の足に擦り寄ってくる。
「頼むよー。僕の名誉を返上させてくれよ〜。」
「安心しろ。もうできてる。」
春原は俺の足を掴んできた。両足を掴まれて動けなくなった。
「うわっ!バカやめろ!」
しまった、と思ったときは遅かった。
俺はすごい勢いで倒れてしまった。
春原にマウントをとられる。
ヤバい…。
手をワキワキさせた春原が不敵な笑みを浮かべた。
気が付いたとき、俺は既にメイドさんだった。
鏡を見てみる。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
自分の姿に驚愕する。
全身違和感の固まりだった。
「うわ、なんだこれ!?金髪?カツラ?え!?もしかして…。ぎゃぁぁぁ!下着まで変わってんじゃねぇか!
ブラまでつけてるし!うぉぉぉ!ガーターベルト!?なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
自分自身の豹変ぶりに、軽い目眩を覚えた。
後ろを振り返ると、春原が一仕事終えた顔をしている。
手にはカメラが握られていた。
「…撮ったか?」
春原が親指をたてる。
全身の血が沸騰していくのを確信した。
一気に春原に詰め寄り、カメラを奪おうとする。
しかし、春原は素早い動きで俺の手をすりぬけた。
「元サッカー部員なめんなよ!」
「うるせぇ!バスケはフェイントができてなんぼなんだよ!」
と啖呵をきってはみたものの、慣れない格好のせいでうまく動けない。
というか、この格好は動くには向いてない。
絶対使用人用の格好じゃないな…などと漠然と考えていた。
2人とも疲れてきた頃、隣からうるさいと怒られた。
春原が反射的に、ひぃっ、という顔をする。
その隙にカメラを奪った。
「あぁ!」
「甘いな春原。ま、芽衣ちゃんには俺から言っておいてやるよ。」
春原はラグビー部を恐れて動きがとれない。
さて、と服を着替えようとすると
「あぁ!岡崎、最後に1個だけお願いがあるんだけど…。」
嫌な予感がした。
「その格好で『ご主人様』って呼んでくれないかな?」
嫌な予感的中!
「ふざけてんのか?」
「いや、本気。」
「それ逆にキモいから。」
春原を無視して着替えはじめようとする。
しかし…
「あれ?おい春原、背中のボタン外してくれ。」
俺は右肩があがらないため、どうしても届かないところがあった。
春原がにやりと笑う。
「『ご主人様ぁ外してくださぁい☆』って言ったら外してあげるよ。」
春原が体をくねらせながら言ってきた。
俺は黙って握りこぶしを作った。
しかし春原は動じない。
我暴力に屈せず、という構えだった。
今日の春原はいつもより遥かに頑固だ。
校門での掛け合いのときといい、ちょっとやそっとじゃ今日の春原を動かすのは難しいだろう。
そう直感した。
くそっ!と悪態を吐く。
「…春原。言ったら、外すんだな?」
春原が頷く。
俺は怒りを飲み下して、春原を真正面から見据える。
小さく口を開いた。
「…ご、ご主人様…外して…ください。」
次の瞬間、春原の目の色が変わった。
「もう辛抱たまらーん!!柊ちゃーん!!!」
急に春原が飛び掛かってくる。
俺は咄嗟のことで身を躱せなかった。
春原にベッドに押し倒される。
春原は柊ちゃん柊ちゃんとずっと呟いている。
「勝平!?金髪!?そうか!!」
このカツラの意味を理解した。
このカツラは春原が用意したものに違いない。
「このクソバカ野郎…!」
必死に春原を押し返そうとする。
しかし、今日の春原は何かがおかしい。
妙な我慢強さもあったが、いつもに比べて力も強い。
これが、春原の勝平に対する執念の為せるものだとしたら、勝平はある意味で幸せ者だろう。
均衡を保ってきた俺たちだが、そのバランスが不意に崩れた。
春原の頭が徐々に下がってきたのだ。
そしてこのバカは唇を突きだしてきたのだ。
「春原!目を覚ませ!」
必死にもがく。
しかし春原の頭は止まらない。
もう駄目かと、そう思ったとき、
ドアをノックする音が聞こえた。
「春原ー、アンタに電話よ。」
美佐枝さんだ!俺はすべての想いを込め叫ぶ。
「美佐枝さぁぁぁぁぁん!助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間勢い良くドアが開いた。
美佐枝さんが春原を見つけたらしい。
一気に加速した。
「ドロップキィーック!!」
美佐枝さんの鋭いキックが俺の上にいた春原を弾き飛ばした。
春原は窓を突き破り、外に飛び出る。
ゴシャ、といやな音がした。
「はぁ、はぁ…。」
…助かった。
ギリギリの所だった。
俺を助けてくれた救世主、美佐枝さんを拝む。
その救世主は、俺を見て首を傾げていた。
「おかしいわね…。確かに岡崎の声だったんだけど…。」
俺はハッとなった。
さっきまで極限状態にあったから忘れていたが、今の俺の格好は…。
美佐枝さんが俺をじろじろ見ている。
俺は顔を見せないようにしながら固まってしまうよりほかになかった。
「ん?あ、もしかしてアンタがおかざ…。」
ヤバい!
「ひ、人違いです〜っ!!」
俺は裏声で答え、床におかれていた自分の荷物、服をひったくり、美佐枝さんを見ないようにして
一気に駆け出した。
玄関を跳びだし、一刻も早く寮から離れるべく走る。
他の人に見つかるなどの心配もあったが、幸いにも辺りは既に暗い。
電灯の少ない道を選べば、この黒を基調とした服なら気付かれにくいだろう。
人通りの少ない道を選んで走る。
ここらへんは俺がガキの頃よく遊んだ場所だった。
車の往来がなく、近所のガキ達と騒ぐにはもってこいの場所なのだ。
もっとも、最近はガキが遊んでいる姿はあまり見ないが。
そろそろ走るのも疲れてきたので、歩きだした。
その瞬間
「お、小僧じゃねぇか。」
「いきなりかよぉぉぉぉぉぉぉ!」
目の前にいるのはおっさん、つまり渚の父親の秋生だ。
大人の体に子供の心をもつおっさんである。
バットとグローブをもっているから、野球の帰りなのだろう。
いまいるこの道は子供しか知らないような抜け道だ。
子供の心を持ったおっさんならいてもおかしくないといえばそうである。
俺は、ツッコミをいれてから、しまった…と思った。
古河家アホアホトライアングルの一角を担っているおっさんなら、人違いと言い張れば騙せたかもしれない。
残念なことだが、渚なら確実に騙せるはずだ。
そんな考えを持った俺だから自然に生まれた疑問を口にする。
「…なんでおっさんは一目で看破しやがるんだ?」
おっさんはくわえたタバコを揺らしながらしゃべる。
「そりゃお前、俺が作った服を着てるわけだからな。」
「…え?おっさんが、作った…?」
そうだ、とおっさんは頷いた。
「左肩の所を見てみろ。」
いわれるままに見ると、そこには何かのマークが刺繍してあった。
「俺様のシンボルマークだ。まるで…機動戦士みたいだろ!」
あっはっはー!とおっさんが笑う。
このアホアホファザーが!
とツッコみたくなったが、近所迷惑になるためやめておいた。
「それにしても、おっさんがこんなもの作れるなんて意外だ。持ってるだけなら、なんとなく理由は
わからなくもないけどな。なぁ、昔なんかこういうことやってたのか?」
急に辺りがしん…となった。
空気が重くなった気がした。
おっさんが口をつぐむ。
しばらくして、おっさんがゆっくりと口を開いた。
「…まぁ、お前になら話してもいいかもな。」
おっさんの視線は真剣だ。
いつもの子供っぽさは微塵も感じさせない、大人の、親の顔をしていた。
俺は唾を飲み込んだ。
手に汗をかいていた。
「…俺は、昔舞台をやってたんだ。…俺の生きがいだった。」
「舞台…?」
「あぁ。家のことなんか顧みないぐらいの生きがいだったのさ。俺が衣裳を作れるのはそのためだな。
自分の衣裳は自分で作ってたからよ。」
おっさんが紫煙を吐き出す。
「…なんでやめたんだ?」
おっさんが苦笑する。
それはまた今度だ、とはぐらかされた。
ただ、おっさんの顔から渚にかかわることなんだろうな、と思った。
「それで衣裳が作れるのはわかった。それで、芽衣ちゃんに作ってあげたんだな?」
そうだな。とおっさんは笑う。
いつもの子供っぽい笑いだった。
その笑顔がふっと疑問を浮かべた表情に変わった。
「しかし小僧、よくお前それを見つけたな。タンスの奥にしまっておいたんだが。」
「は?これは芽衣ちゃん用だろ?」
「んなわけねぇだろ。アイツにはアイツにピッタリサイズのを送ったんだぞ。それはお前用だ。」
「お、俺用!?」
「そうだ。お前のサイズをきちんと測ってだなぁ…。お前専用だぞ。専用。」
「俺専用って、なんでだよ!なんでそんなものを作ってんだ!」
おっさんがにやりと笑う。
「うちの看板娘になってもらう。」
「…は?」
「お前には早苗のパンのテレビCMに出演してもらう。それで早苗パンの売り上げアップだ!」
俺の頭は一気に混乱した。
おっさんの言ったことがほとんど理解できない。
しばらく考えて、ひとつの結論に達する。
「…冗談なんだろ。俺をからかって楽しいかよ。」
「冗談?なわけないだろ。俺はいつだって常に本気だぞ。」
おっさんの顔は言葉に違わず本気だった。
その本気の表情がまた俺の頭を混乱させる。
そして、またしばらくしておっさんが本気であることをきちんと理解し、思考がクリアになっていく。
すると俺の頭は今の発言から逃げる方法を模索し始めた。
これが唯一の逃げ道だと思ったツッコミを口にする。
「いや、ちょっと待て!そんなことできるわけないだろ!テレビなんだろ!?」
おっさんはちっちっちと指を振る。
「俺の顔の広さを甘く見るなよ。」
おっさんの歯がキラーンと光る。
なに!?失敗か!!
失敗したとわかると、また思考が混乱し始める。
少しずつ自我が崩壊していくような感覚を覚えた。
自分のテンションが徐々に上がっていくのを感じる。
「待ておっさん!!じゃあなんで俺なんだよ!渚も早苗さんもいるだろぉが!!」
「バッカ野郎ぉ!!テメェうちのプリティーな娘と妻を世間の目なんぞにさらせるか!!悪い虫がついたらどうする!!」
「確かにそれは同意せざるをえんが、だからといって将来の息子にやらせるこたねぇだろうが!!
テメェでやれテメェで!!」
「息子だとぉ!?小僧なんぞに渚はやらん!渚が欲しかったら俺を倒してからもっていけ!!」
「あぁ上等だ!やってやろうじゃねぇか!!」
「よかろう!ならば勝負だ!テーマはもちろん『美しさ』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして気が付いたら、俺とおっさんはテレビカメラの前でポーズをとっていた。
もちろん、格好は2人ともメイド服だ。
おっさんが頼んだCMは俺とおっさんの異常なテンションの中で製作された。
俺たちのテンションは、場にいた誰もが引くほどのテンションだったと思う。
その後、しばらくしてからそのCMが放送された。
不思議なことに、テレビを通してのせいなのだろう、CMの俺もおっさんも、まるで別人のように見えた。
もし直接見ていたら俺たちだとわかっただろうが、テレビで観る限りは気付かれる感じではない。
さすがに渚と早苗さんは、ん?と思ったようだが、俺とおっさんで口裏を合わせて「別人だ」と言ったら、
そう納得してくれた。
CMのおかげで古河パン店は連日行列ができるほどの大盛況だ。
特に早苗さんのパンは物凄い勢いで売れていく。
しかし、と言うべきか、当然、と言うべきか、リピーターはいない。
まぁ、そんなこんなで大団円、になると思っていたのだが…。
「岡崎〜、今日はチャイナドレス着てくれ〜。」
「死ね!」
誰か俺に平穏をください…。